心を磨くYogaと瞑想②
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2012年10月10日
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抵抗感をなくすこと、
世界そのものをただみて、そのままの事実を受け入れること。
磨かれた鏡のような心、
あるがままを歪めずにただ事実を客観的に映しだす心を養っていくこと。
それが
自分を受け入れられるようになるという意味。
Yogaで心を浄化するということの目的。
どんなときも、どこにいても、何をしていても、誰といても
世界に常に寛いでいられること。
広さと優しさと、大きさを培っていくためのYoga。
本当に“ビッグな奴!”になるための、道。
毎日の生き方の中で、優しさ、慈しみ、大きさという“客観的な態度”を
育てていくため意図的な努力が「カルマヨーガकर्मयोग(行いのYoga)」なのですね。
そして、
そのためのメインとなる修業法が
『プラティパクシャ・バーバナप्रतिपक्ष-भावन(思いと正反対の事をする態度)』
(『YogaSutra(ヨーガスートラ)』の教えより)
そして、この日々の練習、修業のよりどころとして大事になってくるメソッドとして“瞑想”がある。
瞑想をして、自分の心の動き、考え方のパターンを冷静に見ること。
そして、
自分自身の本質とは、
“優しさや慈悲、満ち足りている、幸せの意味そのものである”
ということを知り、実感すること。
このために瞑想がある。
聖典は、
私達の“慈悲”の心、優しい思いとは
「アートマンआत्मन्(人、生き物の真実)」の現れだという。
どんな人の心にも、
「アートマンआत्मन्(人、生き物の真実)」が、
愛や調和、優しさやゆとりという形をとって、心に溢れている。
しかし、それが上手く外に出せないのは、
自分の中の偏見や狭い見方、小ささ、不安感があるから。
自分の事実を歪めることが、
プレッシャーとなり、
また偏狭的な見方から世界を敵にみたて、そこから自分を守ろうとして
攻撃的な態度になったり、
悲しみや孤独という思いになったりしてしまうのだと。
だから、受け入れられずに抵抗したり
悲しくなったりしてしまうのは、
ただ、自分自身の本質を歪めてしまっているだけなのだというのです。
私達の事実「アートマンआत्मन्(人、生き物の真実)」は、
何にも捕らわれず、
何にもこだわらず、
自由であり、
幸せと優しさと慈しみと
スケールを超えた大きさそのもの。
満ち溢れている優しさや、
慈しみ、
広く深い愛そのものが
私達の事実。
何かを得なくても
誰かになろうとしなくても
すでに今の自分自身が求めることのすべてが
「アートマンआत्मन्(人、生き物の真実)」である。
この事実がもはや実感できない程、
私達は、習慣的に歪んだ物の考え方をしてしまっているかもしれない。
自分に対しても、
世界に対しても。
だから、違和感を覚えながらも、こんな狭い考えから脱け出せずにいる。
問題を抱えたままの心から、いつまでも自由になれずにいる。
だからこそ、私達の本質、
自分自身の事実にあえてじっくり向き合い、
自分とは何者なのか?
を、理解し、実感するために瞑想をする必要がある。
普通の生活の中で、人々の中で、
偽らず、隠さず、自然に自分自身の本質、
ありのままでいることができるようになるまで、
私達は何度も何度も、繰り返し瞑想を練習する必要がある。
自分自身のリアリティーとは何かを思い返し、
私達の本当は、「アートマンआत्मन्(人、生き物の真実)」であることを、はっきりと深く実感するために。
だから、瞑想は大事なYogaの練習法の1つ。
いつでも自分に納得し、世界を受け入れていることができるように。
本当になりたい自分であり続けるために。
毎日私達はYogaで心を磨き、
瞑想をして
自分をいつも成長させることができるのですね!
☆☆☆
“心を磨く態度のYoga”
については、『バガヴァッドギーター』という経典3章で、
そして、
“深く、自分自身をみる、客観的な瞑想”
については、『バガヴァッドギーター』6章で強調されています。
本当の自分自身とはいったいなにか?
それは『バガヴァッドギーター』の2章にて深く鋭く語られます。
そのすべての教えは、
『ウパニシャッド(奥義書、ヴェーダ聖典の最終的な教え)』という聖典をベースにしているのです。
さて、私、本日、無事日本に帰国しました。
日本はインド以上に暑い。ねっとりからみつかれるような暑さに、驚きましたよ。
でも夜は涼しい風が吹いてきますね~、 気持ちがいいです。
そんな今年の夏も、一緒にこのテーマを学び、教えをみていけたらいいですね!
8/2(木) 14:00-14:50
『ウパニシャッド(奥義書、ヴェーダ聖典の最終的な教え)』
      
8/2(木) 15:00-16:00
『タイティリーヤ・ウパニシャッド』から学ぶ自分の本質、「私とは何か?」
8/5(日) 9:30-10:30
『バガヴァ ッドギーター』第2章_ 自分の本質を探るYogaの旅 』       
「私」といっているその本質とは何か?私とは何者か?
お時間があれば、ぜひ
http://www.underthelight.jp/news/2012/07/825_yoga.html
ドンドン、直接ご質問くだされば、嬉しいことこの上ありません
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先日、たくさんの『ヴェーダ(聖典)』に記述されている儀式や行いの中でも、
かなりの孝徳をつめる!
という噂の「アンナダーナン(食事を提供すること、食べ物の寄付)」をしました。
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必要な人に、見返りを求めず、適切な時間と場所で適切な物を渡すこと、
それが
聖典でいわれる、チャリティー(寄付)。
だれもが必要としている食べ物を、沢山の見知らぬ人に見返りを求める期待をせず、施すことは、
とてもよい「プンニャपुण्य्(徳)」をつむとのこと。
<食事を落ち着いた姿勢でまつダヤナンダ先生>
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<とても優しく、あげることを完全に自分の質としている慈悲の人。
ここまでの優しさと大きさと広さを、自分が身につけられるように願い、祈ってます。>
**
ここにきて「プンニャपुण्य्(徳)」の大事さをひしひしと感じているわたくしは、
さっそく、「プンニャपुण्य्(徳)」強化週間の1つとして食べ物の寄付をしました。
とにかく、気持ちがいいくらいお金がぶっとんでいきますが、晴れ晴れとした気分でした。
今年のテーマは、
”惜しまずあげることができる人間に成長すること”
持っているものや、お金、時間、エネルギー、優しさ、言葉、
あらゆる面で”あげること”を
怖がらずに、実践して少しずつ大きなハートな人間に成長できるようやってみます!
怯まず”あげる、与える”ことが、自然な自分の性質となるまで実行あるのみです。

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