欲望は持っていい。叶えた方がいい。No.1  逆説的Yogaのすすめ- 欲望をコントロールするとは?①

欲望は持っていい! 叶えた方がいい! 
逆説的Yogaのすすめ- 欲望をコントロールするとは?①
人間は迷う。
するか?しないか? するとすれば、どうするか?
迷うから、悩む。
悩むのは、苦しい。
それだけじゃない。
人は何かを選ぶときに悩むだけでなく、
選択して得た結果に対しても、悩める。
何かを自分で判断し、実行して、結果を得る。
目の前に突き付けられた結果はもうどうしようもないのに、
それに対して勝手に
「あー、失敗だー、」
と結論付けては落ち込んだり、
「大成功!」
と判断すれば、有頂天になったり。
いつも何かをしては、浮いたり沈んだり。
外の物事に心は大きく揺さぶられ、その落ち着かなさに嫌気がさしてYogaをしたり、お寺にいったり、精神修行にはまったり。
挙句、おちついて瞑想できない自分に腹をたてたり。
なぜ私は失敗してしまうんだろう。
なぜこんなにも落ち着くことなく揺れている?
もう、こんな振り回される生き方はやめにしたいなぁ。
そう思って、人は“スピリチュアル”な探求を試みるかもしれない。
物や出来事や人に自分が振り回されるなら、大元の原因である揺れている“自分”に終止符を打とうとして。
そんな風に思って、わたくしもYogaを目指しました。
しかし、その探求もそれはそれで、やっぱりいろいろとある。
Yogaをしたから一発解決!というのはないように思えた。
まずYoga哲学の本を読んで必ずぶち当たるこのお言葉。
権威あるYogaの本も先生も、“スピリチュアル”な探求を導いてくれるはずの師たちは、よくこんな風にいう。
悩みの原因は迷いであり、迷いの原因は欲望である。
だから、人の苦しみと悩みの根源的な原因である欲望をおとしましょう”

・・・・・
それって、本当の意味で解決になっているかなぁ?
「落としましょう。」
といわれて
「はーい、落としまぁーす。」
って。
そんなことで、すまされるくらいなら、こんな苦しみにはまったりしないだろう。
いっているご本人も
「欲望を落とす」
その意味とプロセスを十分わかっていってくれているのかな?
自分の経験からでた真実の言葉なのか?
それとも誰かの言葉の受け売り?
そんな感じで、わたしはYogaにおいて、大変に迷っておりました。
とくにインドにきてYogaをして間もない7-8年前は。
そもそも欲望はそんなに悪いこと?
多くの人が人の苦悩は欲望にある。 
というけれど、
最終的に私が目指していることは、この苦悩からの自由。
だとしたら、その自由を求めることも、それを必死に望むのだから欲望になるんじゃないかな?
何が欲望で何がそうじゃないのか?
欲望を落とす、ということは一体何を指しているのか?
自由に至ること、そのための真実を追求する願望だって望みだし、欲望では?
そう長いことYogaの教えを前に悩み、暮れなずんでおりました。
悩みから逃れたくて歩きだした道のりなのに、さらなる(余計な?)悩みを抱える羽目になっている。。。うむむ。。
欲望が諸悪の根源だという教えを聞いても、何かその中に矛盾をしまう感じてしまう。
その矛盾を明かしたくて、さらなる教えの追求に走る。 
この、走り回ること自体が欲望なのでは?
欲望から逃れようと思って、欲望にはまる。
私の考えは相当長いことグルグル回っておりました。
そんな中、現在のわたくしの師*が放つ『バガヴァッドギーター』を教えを聞き、
その切れ味のよい論理と力強さにウタレました。
「欲望はもったほうがいい。
それは人間だけがもてる特権だから。
迷えるということは、裏をかえせば“選べる”ということ。
何かを選び、迷える自由があること。
これは生き物の中でも人間だけに与えられている、極めて貴重な力だ。
だから、欲望を持てるということは、ものすごいことだ。」

と。
確かに!
なんだか、ずっと罪悪感とコンプレックスをもっていた自分が短所と思っていたところを、おもいっきり褒められた人
みたいに、この言葉をきいて私はすごく嬉しかったのです。
*Swami Dayananda Saraswati先生

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今年の5月ゴールデンウィークは広島で講演されます。みなさんもぜひぜひ、彼のヴィジョンに撃たれてみてくださいよ。 シビレマス
彼がインドの究極のYoga哲学『ヴェーダーンタ』の教えをひっさげて、日本で話すとことは、
仏教伝来なみのインパクト!
と巷では大いに噂されております。

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