物は、
出来事は、
移り変わる。
留まることなく、変わりゆく。
手に入れられる物はいつか形を変え、なくなってしまう。
どんなに守ろうとしても、失う時はいつだってやってくる。
逆に、どんなに拒んでも、来るべきものは向こうからやってくる。
やっとのことで辿りついた場所や境地は、いずれそこから去らねばならない時がくる。
楽しい喜びも、苦しさや悲しみも、時間とともに移り変わってゆく。
でも、そんな変化の中で、自分の中の「何か」が、確かに、変わることなく、
移り変わる物の流れをいつもみている。
それは「何か?」
この自分とは「何か?」
そんなことは言葉にはできないかもしれない。
けれど、
確かに変わりゆく物や状況の中で、変わっていない「存在」が確かにある。
そのことは、みんな知っている。
わからないのは、それが「何か?」ということだ。
自分は、変わることのないその「存在」をどこかで知りながらも、
水のように絶えず、光のように早く変わっていく物事の中にいて、
時に空しい気持ちでそれをみている気がする。
ずっと一緒にいられると思っていた人たち。
長い時間、共にすごそうとしていた場所。
自分を守ってくれるはずだった物。
安心を与えてくれるはずだった状況。
そんなものが、自分の方にやってきては、遠ざかっていく。
それが毎日、毎瞬、繰り返される。
「その『空しさ』こそが、生きていることだよ。」
そんな風にいう人は昔も今も、たくさんいる。
けれど、
失うことはあまりにも、悲しい。
せっかく得たものが、いつの間にかハラハラと姿を変え、なくなってゆく空しさ。
自分の力ではどうにもならない変化の中にいることは、とても恐ろしい。
だから
「生きていることは、空しいことの連続、空の中で生き、空に戻る。
所詮、世界は諸行無常なのさ。」
そうやって決めつけて、予防線をはったような気になることもあるかもしれない。
どうしようもない恐れや悲しみを封印するように、
「人生が無意味なんてこと、もうとっくに知っているよ。」
と強がったり。
また何かに気をとられることで、時に見ないふりをして、
なんとか日々をやり過ごしている。
でも心の奥にいつも潜んでいる、
「変わりゆく世界の中でたった一人、佇んでいる自分。」
流れる世界の中にいる、とても小さくて無力な自分。
この無意味さ。
その事実への恐れ。
たとえ何かに夢中になるフリをしていても、絶対に忘れることなんてできない。
うわべをどんな浮ついた事柄で覆ったようにみせても、心の内側には、黒く深い闇が大きく口をあけ、
その中では恐怖と不安というプレッシャーがフツフツ湧いている。
そして何かの拍子で、この黒く深い闇がひょいっと顔を現したとき、私たちは生き方の基本姿勢ごと大きく揺さぶられる。
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私の探すべきものは何処へ~

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