『プージャ(儀式)』の道具達
2011年2月4日
なぜ私は怒ってしまうのだろう? Yoga的悩み解決策②
2011年2月14日
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なぜ私は怒ってしまうのだろう?  でも、それは悪いことなのか?
Yoga的悩み解決策①
フヌヌヌー!
と怒りのマグマが内側でわいて、
そんなこと言いたくないけど、思わずいってしまう。
こんなこと人としてしたくない、と思ってもやってしまう。
そんなことはありませんか?
そして怒ってしまった後、猛烈に後悔する。
「なぜあんなこといってしまったんだろう?」
「あんな大人げない態度や行動は、我ながらありえんよ。トホホホ。。」
そんな思いに人は振り回され、反動から瞑想(迷走?)の深みにはまったり、
“考えること、感情の動きを止める”とかいう、とある教えや尊師を鵜呑みにしてしまう。
もしくは、何も考えたり思わないようにして、心のさざ波に見て見ぬふりをする。
でも、私たちのこの心のザワメキは、見て見ぬふりなどけっしてできないことも、実はみんなが知っている。
だから人は悩み、苦悩する。
Yoga哲学の最高峰の経典『ヴェーダータ』は、こういいます。

苦悩があるから、人は自由を選ぶことができる。

そして
苦悩に気がつく繊細な心と、心で起こっていることを把握できる知性と客観性が備わっているからこと、そこから飛びだし、自由を目指すことができる。
その自由は、気づいていようがいまいが、人ならだれもが望んでいること。
そのだれもが望む自由に至ることこそが、人が生きている目的である。
だから苦悩の人こそ、自由への可能性を秘めている。

苦悩を苦悩のまま、悲劇に酔いしれてしまう文学やとある哲学とは違い、Yogaの哲学は非常に明るく、そのベクトルは限りない自由へと開けている。
Yogaは実に清々しいのであります。
さて、その清々しいYoga的最終ゴールのお話はまた次にするとして、
とりあえずの私たちの気になる話題は、目の前のこの「怒り」をどうすればいいのか?
ですね。
Yoga的解決法を見てゆきましょう。
②に続く。。
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ああ、今日も感情の波に揺りうごかされ、手も足もでませんな。。

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